通天閣|展望台・タワー|大阪のおすすめ人気観光スポット(天王寺・あべの・新世界エリア)

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【なにわの心意気 通天閣の今と昔】

パリの凱旋門とエッフェル塔を模倣した初代通天閣が誕生

明治36年(1903)に開催された第5回内国勧業博覧会の会場跡地に、明治45年(1912)ルナパークといっしょに初代通天閣が建てられたんですわ~。形はなんと、フランス・パリの凱旋門にエッフェル塔の上半分を乗せたような感じ。ルナパークとこの通天閣は赤いロープウェイで結ばれとって、まさに「新世界」として人々を魅了しとったんや。当時の通天閣の高さは75m。もちろんその当時の日本一やで~!入場料5銭で楽しめたルナパークはもちろん大賑わいやったらしい。
しかし、残念なことに昭和18年(1943)足元の映画館が炎上し、解体することとなり、初代通天閣は姿を消した…っちゅうことです。

通天閣を復興しうよとの地元の声をきっかけに2代目通天閣が誕生

現在の2代目通天閣が再建されたのは昭和31年(1956)。初代が姿を消してから13年後のことやったんです。通天閣が消えて寂しくなった新世界を復興しようとの地元の声をきっかけに、昭和29年(1954)新世界町連合会役員らにより創立事務所を設置。翌年昭和30年(1955)、地元の人々からの出資によって、通天閣観光株式会社がスタート。2代目誕生へとつながったんです。2代目通天閣を現実のものへとしたのは、なにをかくそう"なにわの心意気„なんですわ~。

知ってますか? 通天閣のあれこれ

ビリケンは通天閣の守り神

幸運の神様として、通天閣を支えてきた守り神「ビリケンさん」。1908年、アメリカの女性芸術家 フローレンス・プリッツが「夢の中で見た神様」をモデルに製作したんやとか。その当時世界的に大流行した幸運のマスコットが、遠く新世界にまで伝わり、今も庶民的神様として親しまれとります。ほんで初代通天閣建設から100周年を迎えた2012年からは、2代目のビリケンさんは展望台での鎮座の役目を終え、3代目ビリケンさんへと引き継がれたんですわ~。また、ビリケンさんの大きく突き出した足の裏は、撫でるとご利益があると言われてるんやで。

通天閣と東京タワーは兄弟なんやで

2代目通天閣の設計者である内藤多仲は、あの「東京タワー」も設計しとるんですわ。先に通天閣ができたから東京タワーは弟やねん。言われてみれば、どちらもしゅっとした感じが何となく似てるかもしれんなあ〜。

名称の由来

「通天閣」という名は、新世界を開発し通天閣を建設した大阪土地建物(株)社長であり、当時の大阪商工会議所会頭を務めていた土居通夫の「通」をとり、「天に通じる高い建物」という意味を込めて付けられたということが定説になっていました。しかし「通天閣」の命名者については、初代通天閣を経営していた大阪土地建物(株)が1912年(大正2年)に発行した「大阪新名所新世界写真帖」など当時の記録にも一切触れられておらず、空白のままになっていました。
1956年(昭和31年)に再建された通天閣を経営する通天閣観光(株)では「大阪土地建物が社内で協議して決めたのだろう」と解釈していたのですが。
1985年(昭和60年)12月、「通天閣30年史」の計画を知った大阪市住吉区の藤沢成太氏が「名付けたのは私の祖父・藤沢南岳です」との手紙を寄せたことから、命名の由来が明らかに。 藤沢南岳は明治維新前夜「朝敵」と目された高松藩の藩論を佐幕から勤王に転換させるなど、政治の舞台で活躍した高名な儒学者。

また、南岳は大阪船場で父・東ガイが開いていた私塾「泊園書院」を引き継いだ教育者でもあり、漢籍への精通は当代随一といわれ、あちこちから命名の依頼を受けていました。いわば当時の名付けのプロで、紅葉で有名な小豆島の「寒霞溪」なども南岳が名付けたとされており、教育を通じて実業界とも付き合いがあったと見られています。

通天閣の命名について南岳自身が日記などに書き残したものは見当たりませんが、家族の間で語り継がれており、藤沢成太氏のいとこにあたる作家藤沢桓夫氏も「間違いない」と証言しています。こうしたことから、通天閣観光(株)も「大阪土地建物が命名を頼んでも不思議ではない」と判断し、これで初代通天閣が完成してからのナゾが75年ぶりに解け、空白が埋まることになったのです。

(写真:1986年3月25日付朝日新聞の記事)

乗り比べてみよう! 展望エレベーター

2台ある展望エレベーターは、どちらも日立製で、日立の先進のメンテナンスシステムによって常に守られとるんですわ。ほんで、そのエレベーターのそれぞれ天井の絵柄が違うてます。満月に浮かぶビリケンさん。もう1台は夜空に浮かぶビリケン座、実際に乗って確かめてみてもおもろいで。


※ちなみに、地上から展望台までの階段は503段。うち補助塔のらせん階段が106段。けっこうハードです。

通天閣 基本データ

所在地 大阪市浪速区恵美須東1-18-6(面積204㎡)
構造 本体:鉄骨鉄筋コンクリート造り
下部:四角型桁式加構自立型/中部:八角型桁式加構自立型
上部:円型/塔高:地上100m/幅:24m/脚間:24m
補助棟:鉄骨鉄筋コンクリート造り
展望台構造:鉄骨鉄筋コンクリート造り(周囲ガラス張り2階建て)
位置 塔体上部に位置する 1階床まで84m、2階床まで87.5m 
面積 1階:103.96㎡、2階:142.80㎡
建屋構造:鉄骨鉄筋コンクリート造り
面積 3階:648.59㎡、2階:615.20㎡、中2階:309.09㎡
1階補助エレベーター棟 85.28㎡、地階 860.23㎡

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